東京地方裁判所 平成2年(ワ)16570号 判決 1997年3月14日
原告
株式会社タケダ理研
右代表者代表取締役
恩田晶子
右訴訟代理人弁護士
上野隆司
同
高山満
同
田中博文
被告
勧角証券株式会社
右代表者代表取締役
沼田忠一
右訴訟代理人弁護士
木村英三郎
同
山嵜正俊
同
長谷川宅司
被告補助参加人
武田郁夫
右訴訟代理人弁護士
松尾翼
同
内藤正明
同
西山宏
同
飯田藤雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1(一) 被告は、原告に対し、別紙目録記載の株券(以下「本件株券」といい、これらによって表章される権利を「本件株式」という。)を引き渡せ。
(二) 被告は、原告に対し、株式会社アドバンテスト株券一五万一〇〇〇株を引き渡せ。
(三) 被告は、原告に対し、金七六九八万円及びこれに対する平成八年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 仮に本件株券の引渡しが不能のときは、被告は、原告に対し、同種同量(株式会社アドバンテスト株券九六万株)の株券を引き渡せ。
3 仮に第1項(二)又は前項の株券の引渡しの強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、その不能となった株券につき、一株当たり四五二〇円の単価によって算出した金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第1ないし第3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
主文第一、二項と同旨。
第二 当事者の主張
一 本案前の主張
原告は、平成二年一二月一日の取締役会を開催していないから、恩田晶子(以下「晶子」という。)が原告の代表取締役に選任された事実はない。したがって、本件訴えは、原告の代表権のない晶子が訴訟代理人を選任してなしたものであるから、訴訟要件を欠く不適法なものである。
二 本案前の主張に対する答弁
晶子を原告代表者に選任する手続は、有効になされている。
三 請求原因
1 原告(旧商号は、株式会社埼玉電子研究所)は、電気、理化学、機械の研究・開発や技術開発型企業に対する投資及び経営指導業務等を目的とする株式会社であり、被告は、大蔵大臣の免許を受けて有価証券の売買等を目的とする株式会社である。また、被告補助参加人(大正一二年生、以下「補助参加人」という。)は、商業登記簿上原告の取締役となっている、黒﨑紀子、晶子(代表取締役)、黒川真理子の三名(以下「娘三名」ともいう。)の父親である。
2 原告は、以下のとおり、本件株券を所有している。
(一) 補助参加人は、昭和五四年三月二二日当時、タケダ理研工業株式会社(その後、株式会社アドバンテストと商号変更、以下「アドバンテスト」という。)の株券二九万三五〇〇株(以下「本件原株券」または「本件原株式」という。)を所有していた。
(二) 原告は、補助参加人から、昭和五四年三月二二日、本件原株券を一株一二五円で買い受けた(以下「本件売買」という。)。
(三) 原告所有となった本件原株券は、その後増資、無償交付及び株式分割により、平成二年三月三一日時点で、四二一万二三九〇株に増加した。本件株券九六万株は右株券の一部であり、原告の所有である。
なお、被告は、原告が本件株券を所有していたことを一旦認め、後に、これを否認するに至ったが、原告は、右自白の撤回に異議がある。
3 被告は、本件株券を占有している。
なお、被告は、平成二年八月二七日ころまでに前項の四二一万二三九〇株のうち二九〇万株の占有を取得し、これを占有していたが、本訴係属中の平成八年六月二五日、債権者不確知を理由とし、被供託者を原告または補助参加人として、うち一九四万株の株券を東京法務局に供託した(平成八年度証第三〇九号)。その余の九六万株が本件株券である。
4 アドバンテスト株式は、本訴係属後の平成三年三月三一日に一対0.05の無償交付が、同八年三月三一日に一株を1.1株とする株式分割が行われた。これにより、原告所有にかかる被告占有中のアドバンテスト株券につき、同三年三月三一日五万株、同八年三月三一日一〇万一〇〇〇株の割当・交付分がある。また、本件株券及び平成三年三月三一日無償交付分の五万株には、平成三年三月から平成八年三月までの間に合計七六九八万円の配当金が支払われるものである。なお、原告は、右無償交付分合計一五万一〇〇〇株の株券番号を特定することができないので、その代償請求権として、同種銘柄の同数の引渡請求権を有しているものである。また右配当金についても、右株式の代償請求権の内容として、その支払を請求することができるというべきである。
5 アドバンテスト株式の平成八年一一月一五日(本件口頭弁論終結時)における価額は、一株四五二〇円である。
6 よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件株券の引渡しを求めるとともに、代償請求権に基づき、無償交付分であるアドバンテスト株一五万一〇〇〇株の引渡しと配当金七六九八万円の支払を求め、仮に本件株券の引渡しが不能のときは、代償請求権に基づき、同種同量(アドバンテスト株券九六万株)の株券の引渡しを求め、仮に本件株券又は右無償交付分株券の引渡しの強制執行が不能となったときは、代償請求権に基づき、その不能になった株券につき、一株当たり四五二〇円の単価で算出した金員の支払を求める。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、(一)は認め、(二)は否認し、(三)は認め(ただし、原告の所有であるとの点は否認する。)る。なお、被告は、本件株券が原告の所有であったことを認める旨の答弁をしたことがあったが、これは後記6項のとおり、真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから撤回する。
3 同3の事実は認める。ただし、被告が現在本件株券(アドバンテスト株九六万株)を占有しているとの事実は否認する。
4 同4の事実は認める。ただし、「なお、」以下の主張は争う。
5 同5の事実は認める。
6 本件株券は、以下に述べるとおり、補助参加人の所有である。
(一) アドバンテストは、補助参加人が全額出資して設立した会社であり、同社の発展は、補助参加人の先見力・技術力によるところが大であった。
(1) 補助参加人は、昭和二九年にアドバンテスト(当時の商号はタケダ理研工業株式会社)を設立し、オーナー社長として、同社を主宰した。補助参加人の指導により、アドバンテストは半導体産業に着目し、微少電流・微少電圧の計測器の販売で業績を上げた。
(2) 補助参加人は、LSIテスター技術と一〇〇人の技術者集団を築き、これが後のアドバンテスト発展の重要な基盤となった。LSIテスターは、昭和五〇年代前半から現在に至るまでアドバンテストの主力商品となり、同社は世界首位の半導体計測器メーカーに成長した。
(3) そして、アドバンテストは、昭和五二年三月に三億円以上の経常利益を計上し、以後、補助参加人がそれまで築いた技術力等を基盤として、驚異的な急成長を遂げた。なお、補助参加人は昭和五〇年に社長を退陣し、同人の持株比率は昭和五三年当時二一パーセントに低下した。
(二) 原告は、補助参加人が設立し、実質上支配している会社であり、補助参加人は、原告の名義でアドバンテスト株を所有しているものである。
(1) 補助参加人は、娘三名がまだ未成年であった昭和四三年に原告を設立した。補助参加人が原告を設立した真の目的は、原告名義を利用して、補助参加人に賦課される過酷な累進課税を節税し、補助参加人のアドバンテストの持株比率を維持し、かつ事業資産の保有を行うことにあり、原告の法人格は形式的なものにすぎない。
(2) 補助参加人は、原告名義でその財産を運用していた。すなわち、補助参加人は、まず補助参加人名義の特許権及び実用新案権の実施料収入を管理委託の名目で原告に入金し、昭和五四年には補助参加人所有のアドバンテスト株二九万三五〇〇株(本件原株券)を原告名義とした。右は、売買(本件売買)の形式をとっているが、原告に資金的な余裕がなかったため、補助参加人は、売買代金を現実に受領していない。また、原告は業務委託の名目で、補助参加人の役員報酬や特許料を原告名義の収入としていた。補助参加人は、右収入を原資とし、銀行借入により土地投資を行い、あるいはアドバンテストの新株引受けをしていた。
(三) 補助参加人は、本件株式とその後の増資等によるアドバンテスト株式を一貫して所有し、かつ管理支配してきた。補助参加人はアドバンテスト社長退陣後も右アドバンテスト株を、補助参加人自身の事業資産として使用し、所有者としての行動をとってきた。
五 抗弁
1 原告と補助参加人との消費貸借
(一) 補助参加人は、被告に対し、補助参加人の被告に対する有価証券等の信用取引上の債務を担保するため、次のとおり、本件株券を含むアドバンテスト株二九〇万株について根質権を設定し、これを預け入れた。
(1) 昭和六三年九月三〇日ころ、補助参加人は、原告名義のアドバンテスト株券五〇万株を被告新橋支店に持参して預け入れた。
(2) 平成二年四月一〇日ころ、補助参加人は、原告名義のアドバンテスト株券六〇万株を被告新橋支店に持参して預け入れた。
(3) 平成二年八月二七日ころ、補助参加人は、原告名義のアドバンテスト株券一八〇万株を、補助参加人の自宅において、被告従業員である新橋支店長他一名に交付して預け入れた。
(二) 原告と補助参加人は、右(一)の根質権設定契約の時点で、原告が補助参加人に対し、それぞれ、本件株券を含む原告名義のアドバンテスト株二九〇万株の株券を貸し渡す旨の消費貸借契約を締結し、これに基づいて右株券が原告から補助参加人に交付された。
したがって、原告は、右の各時点で、右各株券の所有権を失ったものである。
2 原告による根質権の設定
仮に右1が認められないとしても、原告は、被告に対し、補助参加人の被告に対する有価証券等の信用取引上の債務を担保するため、次のとおり、本件株券を含むアドバンテスト株二九〇万株について根質権を設定し、これを預け入れた。したがって、被告は本件株券について根質権を取得した。
(一) 昭和六三年九月三〇日ころ、原告は、原告名義のアドバンテスト株券五〇万株を被告新橋支店に預け入れた。
(二) 平成二年四月一〇日ころ、原告は、原告名義のアドバンテスト株券六〇万株を被告新橋支店に預け入れた。
(三) 平成二年八月二七日ころ、原告は、原告名義のアドバンテスト株券一八〇万株を、補助参加人の自宅において、被告会社従業員である被告新橋支店長他一名に交付して預け入れた。
なお、原告は、補助参加人だけが株主となっているいわゆる一人会社であり、その法人格は形骸化しているから、右処分についての取締役会の決議は不要である。
3 根質権の善意取得
(一) 仮に右1、2が認められないとしても、被告は、前記抗弁1(一)のとおり、補助参加人から根質権の設定を受けた。
(二) 被告は、右設定契約に基づき、補助参加人から本件株券を含むアドバンテスト株二九〇万株の株券の交付を受けた際、補助参加人が長期間にわたる被告との取引で示していた言動等から、補助参加人に本件株券を処分する権限があると信じた。よって、被告は商法二二九条の類推適用により、有効に根質権を善意取得した。
六 抗弁に対する認否及び反論
1 抗弁1(一)、(二)の事実はいずれも否認する。
2 同2の事実は否認する。補助参加人は、当時原告代表者であった妻の武田珠子(以下「珠子」という。)に対し、拳を振り上げるなどの恫喝を加えて、本件株券を原告に預け入れることを強要したものであるから、原告の意思に基づく担保権は有効に設定されていない。
3同3(一)、(二)の事実はいずれも否認する。
被告は、アドバンテスト株式上場の際の主幹事証券会社であり、原告が名実ともにアドバンテスト株券の所有者であって、補助参加人がその所有権及び処分権限を有していないことを知っていた。また、本件株券には、券面上に権利者として原告の名前の記載があり、交付された株券も証券取引が認められていない一〇万株券を含む多額のものであることなどに照らすと、被告が補助参加人に本件株券の処分権限があると信じたことには、重過失がある。
4 アドバンテスト株二九〇万株の担保提供は、商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分」にあたるから、原告取締役会の決議が必要である。前記担保契約の締結については、右決議がなされていないが、被告は、右決議がなされていないことを知り又は知りうる状況にあったから、右各契約は、商法二六〇条に違反し、無効である。なお、原告の経営・運営は、娘三名が実質的に行っており、補助参加人が意のままに原告の意思決定や運営を行ったことは一切ないから、原告は、補助参加人の一人会社ではない。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する。
理由
一 本案前の主張について
被告は、晶子が原告の代表取締役に選任された事実はない旨主張し、丙第三九号証及び証人武田珠子の供述の中にはこれにそうかのような部分がある。
しかしながら、甲第四二号証、第八〇号証の一、二、第八四号証の七、乙第二一号証、丙第一号証の一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、原告の取締役会が平成二年一二月一日に開催され、その決議により晶子が原告の代表取締役に選任されたことが認められる。したがって、晶子が選任した原告訴訟代理人弁護士らには適法な訴訟代理権があり、その訴訟行為はいずれも有効である。
よって、被告の本案前の主張は理由がない。
二 請求原因について
1 請求原因事実のうち、原告が本件株券を所有していること及び被告が本件株券を占有していることを除くその余の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2(一) 補助参加人が昭和五四年三月二二日当時、本件原株券を所有していたこと(請求原因2(一)の事実)、本件原株券がその後の増資、無償交付及び株式分割により平成二年三月三一日時点で四二一万二三九〇株に増加したこと(同(三)の一部)、本件株券九六万株が右株券の一部であることは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 甲第一八、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二二号証、第四四、第四五号証の各一、二、第五五号証(一部)、第七九号証の一、二、第八一号証の一ないし三、乙第一三号証の四、第一四号証の一ないし三、丙第二六号証の一ないし三八、第二八号証の一、第三八号証、証人武田珠子及び同森本恒雄の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、補助参加人は、昭和五四年当時、アドバンテストの全株式のうち約二一パーセントの株式(約六二万四〇〇〇株)を所有していたが、そのころから同社の業績が急激に上昇して高額の配当金を受けるようになったため、補助参加人個人に課せられる所得税を節税するなどの目的で、原告に対し、同年三月二二日、右所有株式の一部である本件原株式二九万三五〇〇株を、税理士と協議するなどして決めた一株一二五円で売り渡した(本件売買)こと、その後、原告に売り渡された右アドバンテスト株式及び増資、無償交付、株式分割により増加した株式につき原告名義の株券が発行され、これらは、経理上原告の資産として計上され、その配当金は原告が受領し、税務申告上も原告の所得として処理されてきたことがそれぞれ認められる。
(三) 右(一)、(二)の認定事実によれば、本件株券は、原告が所有しているものと認めることができる。
被告及び補助参加人は、原告は実質上補助参加人が管理、支配している会社であり、補助参加人は原告の名義で本件株券を所有しているものである旨主張する。しかし、前掲各証拠によれば、原告は、補助参加人が資本金全額を出資し、主に、補助参加人個人の節税をすることを目的として設立された会社ではあるが、不動産等の資産を所有し、相応の収益を上げ、毎年税務申告を行うなど独立した法人としての実体を有しているものであることが認められるから、たとえ、原告の事業に対する補助参加人の影響力が多大であるとしても、原告の所有物が即ち補助参加人の所有物であるといえないことは明らかであるし、また、補助参加人が原告の名前を借用して本件株券を所有していたと認めることもできない。なお、本件全証拠を検討してみても、原告が補助参加人に対し本件原株券の売買代金三六六八万余円を支払ったことを認めるに足りる的確な証拠はないが、これによっても、右認定・判断を動かすことはできない。
そうすると、本件株券が原告の所有であったことを認める旨の被告の自自は、真実に反するとはいえないから、右自白の撤回は許されない。したがって、結局、本件株券は原告が所有していたものというべきである。
3 被告がもと本件株券を占有していたことは当事者間に争いがない。
しかし、乙第六号証、証人横瀬良成の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、補助参加人に対し平成二年一〇月一五日本件株券のうち四〇万株(株券番号第七五号、第七七ないし第七九号の一〇万株券四枚)を引き渡して返還したこと、被告は、平成三年一月から同年三月までの間に本件株券のうち五〇万株(一千株券五〇〇枚)を、同年四月から同年七月までの間に本件株券のうち六万株(一万株券六枚)をそれぞれ売却処分したことが認められ、これに照らすと、被告が現在本件株券を占有していることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告の右占有を前提とする原告の本件株券引渡請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 抗弁について
1 右のとおり、原告の本件株券引渡請求は理由がないが、原告は、本件株券の引渡しに代えて、予備的に、本件株券の所有権に基づき損害賠償等を求めるかのような主張をするので、さらに、被告の抗弁について検討する。
まず、被告は、補助参加人に対する有価証券等の信用取引上の債権を担保するため、補助参加人から、昭和六三年九月より平成二年八月までの間に三回に分けて、本件株券を含むアドバンテスト株二九〇万株の株券(以下「本件担保株券」という。)について根質権の設定を受け、これに基づいてその引渡しを受けたものであるところ、右根質権設定の時点で、原告と補助参加人との間において、原告が補助参加人に対し本件担保株券を貸し渡す旨の消費貸借契約が成立し、その引渡しがなされたから、原告は、その時点で本件担保株券の所有権を失った旨主張する。さらに、被告は、仮にそうではないとしても、原告から直接右根質権の設定を受け、もしくは、補助参加人から根質権を善意取得した旨主張する。
そこで、原告と補助参加人との関係、被告が本件担保株券の占有を取得するに至った経緯等をみるに、甲第二九、第三〇号証、第三三号証の一、第八四号証の一ないし七、乙第二号証、第三、第四号証の各一ないし三、第五号証の一、二、第七、第八号証、第一〇号証の一ないし一一、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一、第一七号証、第一八号証の三、第一九号証、丙第二号証、第二八号証の一、第三八号証、第四三号証、第六七号証の一、二、証人武田珠子、同森本恒雄、同横瀬良成の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 補助参加人は、昭和二九年六月、資本金を全額出資してアドバンテスト(当時の商号は、タケダ理研工業株式会社)を設立し、以来、代表取締役として半導体計測器の開発、製造等の業務に専念し、会社の業績を順調に発展させた。
その後、アドバンテストは、昭和五三、四年ころまでに急激に業績を上げ、昭和五八年二月には東京証券取引所に上場するまでに成長した。
そして、前記のとおり、この間の昭和五四年三月、補助参加人は、所得税を節税する目的で、当時所有(一部は第三者の名前を借りて所有)していたアドバンテストの二一パーセントの株式のうち二九万三五〇〇株の本件原株券を代金一株一二五円で原告に譲渡した。
(二) 補助参加人は、昭和四三年六月、資本金一〇〇万円を全額出資して原告(当時の商号は、株式会社埼玉電子研究所)を設立し、設立後間もない同年八月ころまでに、原告株式の全部の名義を当時いずれも未成年であった娘三名(紀子が高校二年生、晶子が中学三年生、真理子が中学一年生)の名義に移転した。そして、補助参加人が原告を設立した目的は、主として、補助参加人にかかる多額の所得税を節税し、事業資産を保有させるためであったので、原告が現実に会社としての業務を行うことはほとんどなく、昭和五一年以降、珠子が名目的に原告の代表取締役に就任し、従業員も全くいなかった。また、原告の本店所在地は、補助参加人、珠子夫婦の居宅と同一の場所であり、会社としての設備等も特に存在しなかった。なお、平成二年一〇月ころまでは、原告の原始株券や本件株券を含む原告名義のアドバンテスト株券は、右補助参加人の自宅内に設置された金庫の中に保管されていた。(ただし、原告が法人としての実体を否定されるほどに形骸化していなかったことは前記のとおりである。)
また、補助参加人は、昭和六〇年ころから原告の取締役にも就いていなかったが、対外的には原告のオーナーは自分であると自称し、原告の「社主」である旨の肩書の入った名刺を使用していた。
(三) 補助参加人は、遅くとも昭和六三年ころには、被告の新橋支店を介して、多量の有価証券売買取引等を行っていたが、右支店を介して、平成元年六月二三日ころ原告名義のアドバンテスト株一〇万株を代金四億七八五五万余円で、同年八月二九日ころ原告名義の三井ハイテクという銘柄の株式四万二〇〇〇株を代金一億一七六二万余円でそれぞれ売却し、また、同年九月二九日ころ原告名義のアドバンテスト株三三〇万七〇〇〇株を右支店に持ち込んで預託(保護預り)した。また、補助参加人は、昭和五九年から昭和六二年ころの間にも、数回にわたって原告名義のアドバンテスト株を預託したことがあった。これらの処分や預託に際し、原告が右支店に異議を述べたことはなかった。
(四)(1) 補助参加人は、被告の新橋支店を介して行う有価証券等の信用取引上の債務を担保する目的で、昭和六三年九月三〇日、被告(新橋支店)に対し、原告名義のアドバンテスト株五〇万株の株券(一〇万株券五枚)を交付した。右株券は、補助参加人の指示により、妻の珠子(昭和五一年から平成二年一二月まで原告の代表取締役)が被告の新橋支店まで持参したものであった。
(2) また、補助参加人は、平成二年四月一〇日、被告の新橋支店から自宅へ架電し、妻の珠子に指示して自宅の金庫内に保管していた原告名義のアドバンテスト株六〇万株の株券(一〇万株券六枚)を右支店へ持参させたうえ、右(1)と同様の目的で、被告に対し、右株券を交付した。
(3) さらに、補助参加人は、右(1)と同様の目的で、平成二年八月二七日、補助参加人の自宅において、被告の新橋支店の担当者二名に対し、自宅の金庫内に保管していた原告名義のアドバンテスト株一八〇万株の株券(一〇万株券三枚、一万株券一〇〇枚、一千株券五〇〇枚)を交付した。この際、珠子は、右授受に立ち合い、「もうこれ以上何も出せないわよ」などと皮肉を言ったが、右社員らの面前では、右交付に特段の異議を述べなかった。
(4) 被告は、右のようにして本件株券を含む本件担保株券合計二九〇万株を取得したが、昭和五八年にアドバンテストが東京証券取引所に上場した際の主幹事証券会社を務めたことや長年にわたる補助参加人との交際、取引などにより、前記のようなアドバンテスト株の来歴、原告と補助参加人との関係などの諸事情を概ね知悉していたうえ、日ごろ、補助参加人から、原告名義のアドバンテスト株は補助参加人の所有であると聞かされており、原告代表者であった珠子もこれにそう行動をとり、右(1)ないし(3)の各株券交付が、いずれも補助参加人によって行われたため、本件担保株券はいずれも補助参加人の所有であると信じていた。そのため、被告は、右(1)ないし(3)の各株券授受に際し、その都度、補助参加人宛の領収証を作成交付した。もっとも、被告は各株券授受に際し、株券を担保提供することについての原告作成名義の承諾書を徴求しているが、これは、各株券の株主名義が原告となっていたため、形式上、書類を整えるために必要と考えて、要求したものであった。
2 右認定の事実関係によれば、被告は、補助参加人との間で、有価証券の信用取引による補助参加人の現在及び将来の債務を担保する目的で、昭和六三年九月三〇日にアドバンテスト株五〇万株、平成二年四月一〇日に同社株六〇万株、同年八月二七日に同社株一八〇万株につき、それぞれ、補助参加人から根質権の設定を受ける旨の合意をし、これに基づいて補助参加人から本件担保株券の交付を受けたものであって、補助参加人には右株券についての所有権がなかったが、被告は、補助参加人が本件担保株券を所有しているものと信じて、右株券の交付を受けたものであることが認められる。そうすると、被告は、補助参加人から本件株券を含む本件担保株券の交付を受けたことにより、これらの株券につき、根質権を善意取得したものというべきである。なお、被告の抗弁のうち、消費貸借契約に基づく貸渡しにより原告が本件担保株券の所有権を失ったとの主張事実や被告が原告から根質権の設定を受けたとの主張事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。
原告は、被告は、アドバンテスト株上場の際の主幹事証券会社であり、原告の設立経緯や補助参加人が原告名義のアドバンテスト株について何ら権限を有していないことなどを知っていたこと、本件担保株券の券面上に株主として原告の名前の記載があること、交付された証券も証券取引が認められていない一〇万株券を含む多額のものであることなどを挙げ、被告は補助参加人に本件担保株券の処分権限がないことを知ってこれを取得したものであり、たとえ被告が補助参加人に右処分権限があると信じたとしても、そのことには重大な過失がある旨主張する。
しかし、前記1(一)ないし(四)認定のような、アドバンテスト株の来歴、原告の設立経緯、原告と補助参加人との関係、被告と補助参加人との有価証券の取引状況、本件担保株券交付に至る経緯などの諸事情に鑑みると、原告主張の点を考慮しても、被告が右のような悪意又は重大な過失によって本件株券を取得したと認めることはできず、他に、原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告は、本件株券につき根質権を善意取得し、これに基づいて前記売却等の処分を行ったものといえるから、原告が本訴において損害賠償等の請求をしているとしても、また、理由がない。(なお、原告は、本件株券の引渡しが不能のときは同種同量の株券の引渡しを求めることができる代償請求権があるとして、その請求をする(請求の趣旨2項)が、特定の株券の所有権に基づく株券占有者に対する引渡請求において、原告主張のような代償請求を認めることはできない。)
四 結語
以上のとおりであり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官市川頼明 裁判官田中敦 裁判官田中孝一)
別紙目録<省略>